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口石金比羅さん物語
日本の西の端、長崎県は佐々町口石にある田舎の・いなかのお話です
2011年7月4日月曜日
口石の旧県道(3)ゼンモンバシ
コロニー印刷の前から旧県道の道は痕跡がつながってはいますが、この記念碑(口石バイパス開通)の所でかなり高くなっています。国道と町道木場線をつなぐバイパスを作るために盛り土をされたからです。
福由美自動車の前に行くためには下り坂になります。
この道は田んぼの真ん中を抜ける農道として使われています。
右に小さい橋が架かっていますが、この農業用水路を渡って国道の方へ旧県道は通じていました。国道は田んぼからするとかなり高いところに作られましたが、旧県道は低いところで木場川を渡っていました。
上の写真は現在の妙見橋で、その上を横切るように高速道路の橋が架かりました。旧県道の妙見橋は現在のものより少し下流にありました。
国道を作る時、直線的なコースを取り、芳の浦の峠を越えるためこの辺りはかなりかさ上げが行われました。したがって、新しい妙見橋は橋桁が高いものになりました。そこに終戦後の一時期ホームレスが住み着き、ゼンモン橋と言うようになったそうです。今でも妙見橋と言わずにゼンモン橋と言う人もかなりいます。
口石は江戸時代の平戸街道(往還)、明治の旧県道、戦後の国道(204号線)そして間もなく開通する高速道路(西九州自動車道)と新旧4本の道が交差する交通の要所であるといえるようです。
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自己紹介
井上順一
1942年生まれ。満州引き揚げ。工業高校、高専勤務40年。定年退職後、半農(家庭菜園)半漁(船での魚釣り)の暮らし。パソコンやデジカメと遊びだしたところです。
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