上の写真は横田家の墓地です。写真を撮った日は珍しく雪が降り積もった日でした。昭和になってから墓地を改修されたようです。古墓もあったそうですがまとめられて安平さん以降の名前が記入されています。子孫の方の話では安平さんは60歳前後で亡くなられたそうです。明治6年ですから、金比羅さん参りから2年後に亡くなられています。
金比羅さん参りは、横田安平さん50代後半、友田千座さんと山永幸吉さんは27歳ですからテレビの水戸黄門漫遊記みたいな3人組の旅姿が思い浮かんできます。
写真は横田家の庭先です。水神様の祠が木立の中にあり、向こう側に井戸が見えます。この井戸は現役として使われていますが、飲料水はさすがに水道からのものを使用されています。 口石町内には数年前に調べた時には57個の井戸がありました。さすがに飲料水としては使われてはいませんが、風呂や雑用水としては電動ポンプをつけてかなりのものが使用されていました。
横田家の家系
横田安平→三代松→奥次郎→安之助→昭→憲治

上
この木箱は口石部落(当時)の役員から腕を見込まれ、頼まれて幸吉さんが作ったものです。大きさは30x21x9センチ(10寸x7寸x3寸)、ふたの表には「證物箱」と書かれています。部落総会の議事録や契約書などの証拠書類を入れるものとして今まで大事に扱われてきました。


